私と妻との長女として、
平成9年7月早朝、旭市の中央病院にて産声をあげた長女。
男親のつまらぬ願望をよそに、男性の象徴はその子には、
存在しなかった。
私の記憶が確かならば、早朝6時前後の出産だったため、
仕事前の私は、眠い目を擦りながら、
病院の待合椅子で産まれたばかりのわが子との対面を
今か、今かと、そわそわしながら待っていた。
初めて彼女の顔を見たときのことは、
今でも、鮮明に覚えている。
そのときには、男、女など、どうでもよく、
「自分の子供」という彼女の存在に感謝し、
素朴に「この子が俺の子供かー」と、何回も何回も
繰り返し、そう思った。
時間的に、その日の労働を休むことを
神様は認めてくれず、初めての面会もつかの間、
名残惜しむ気持ちに未練タラタラで、私は仕事へと向かった。
通勤の車中、
何か書物などで、神様は、「男には労働の苦労」「女には出産の苦労」
を与えたなどと書いてあったことを、思い出し、
「やっぱり世の中、甘くないな」と、軽く舌打ちしながら
会社へ向かったこともよく覚えている。
長女だからなのか?
私が言うのもなんだが、とてもしっかりとした性格の持ち主で、
保育園に入園するころには、相手のことを随分と思いやる
我ながら「いい娘」に成長してくれた。
ずば抜けて身長の高い娘は、お遊戯会や運動会など、
行事ごとの際は、極めて目立っており、娘の姿を確認するのは
とても容易だった。
いつの日か、絵が書けるようになり、
いつの日か、字が書けるようになり、
しかし、やっぱりまだ幼稚な娘。
小学校に入学する前、
非常に心配したことが2つあった。
多くの小学生、小学校は徒歩が通学手段だと思うが、
その「徒歩」についてと、「起床」についてである。
つい最近まで、「人間」「自動車」などの「怖さ・恐怖」など
全然知らなかった幼児が、いきなり徒歩で、片道40分前後の道のり
を歩くのかと思うと、とても心配で、心配で。
入学前の10日前後は児童達は、春休みなので、それを利用し、私と一緒に
通学時間に合わせ、通学路を一緒に歩く練習をした。
これにより、
「起床」という問題(心配)も解決した。
まぁ、ほどほどに順調な入学式を迎えられ、
現在は、1年生の3学期を学んでいる。